自然の中で写真を撮ること

最近、出掛ける際は必ずと言って良いほど一眼レフカメラを持っていくようにしている。
とは言っても出掛ける機会自体が少ない状態ではあるが(汗)
今日は買い物の用事があったのと、その帰り少し寄り道をし、近所の山を車で少し登ったところにある寺に足を運んだ。
雨降った翌日でもあり、山道は緑が一層いきいきしているように感じられた。
人気が少ないことから実は今月初めにも訪れており、何枚かの花の写真を撮らせてもらっている。森林浴という言葉があるが、いろいろな情報に晒され、惑ったり、ざわついたりする心に静寂を取り戻させてくれる。
少し寂しく感じることは、この間はそこに咲いていた花がもう形もなく、枯れ落ちていたこと。
当たり前のことではあるが、咲いた花はいつか枯れるし、自然界において永遠にそこに同じ形であり続けることはなく、常に変化している。その場所には違う植物が新緑の葉を広げていた。
ただ、時間の流れの中に生きるすべてのものの儚さを感じる。
山道を歩く中、花や植物だけでなく、鳥も、昆虫もそこに流れる小川の水も、移り変わっている。今月初めに撮った写真の中の花や植物はもうすでに枯れてしまっている。
それは人にも同じことが言える。
学生の頃、よくお世話になった文房具店に久々に20数年ぶりだろうか、立ち寄ったのだが、そこに馴染みの店員さんはいなかった。当時60代くらいの方だったから、今生きておられれば80代だろう。当然と言えばそうだろう。
私自身もいつも間にかアラフォーとなり、その人生の中で出会った人が、またもし会えたとしても、出会った頃のままで会えることはない。私が保育園の頃や小学校の頃に出会った人たちは今も当時のままのイメージしかないのだが、実際には年月が経っており、人の寿命から、今元気な方はどれくらいいるだろうと思うことがある。
今PCの中の写真データを整理しているのだが、懐かしいと思う写真がいくつも出てくる為、その度に当時を思い出している。
そして、今日もその日、そのタイミングでしか撮ることができない写真の収穫がたくさんできた。今日咲いている花が明日咲いているとは限らない。
改めて、そんな情景を切り取って保存できる写真の魅力を感じている。
と言っても写真の腕はまだまだではあるし、もっとカメラを使いこなし、技術や感覚を磨き良い写真を撮りたいと思う。
自分の思うような写真が撮れることがたまにあるが、その時は心が躍るような感覚になる。
写真やカメラに興味のない人であれば、ふ~んで終わるところを、こんな風に喜べるということは、自分はやっぱり写真を撮ることが好きなんだと思う。
写真データ整理の話になるが、デジカメを初めて買った十数年前から撮りためてきた写真をストックフォトとしてアップできるように、今準備をしている。
とは言っても当時、私が初めて手にした機種は200万画素のコンデジ。それが一般的な時代。現在の1000万画素を超えるような高画質ではないが、そんな写真も含めて、厳選してみようと思っている。
単純にせっかく撮った写真を誰にも見せずにPCの中に眠らせておくのももったいないという思いもある。
ストックフォトと言えば、今いくつものサイトがある。私も今、実は3つのサイトを利用し、何枚かの写真はアップしているのだが、更新が止まったままなので、この機会に活性化させたいと思っている。
今まで登録だけしてずっと放置していたインスタグラムも4月から毎日更新を続けている。やっぱり、自分にとって苦にならないことや好きなことは自然と続けられるのだと思う。
今後、音楽、写真、折り紙。この3つかな。好きなこと。
なかなかアウトプットはできていないが、コツコツやっていこうと思う。

インスタグラム 毎日写真更新中
https://www.instagram.com/ototorium/

小さい頃に好きだった折り紙を始めました

オリジナル楽曲を公開中


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